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sproutおぼえがき

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お風呂がごちそう

4月8日 月曜日
晴れ 気温暖かくおだやか

冬のふとんカバーなどを一気に洗う。
午後には銀行や役所の手続きなど。


数日前、「限界集落を行く!」というようなタイトルのTV番組をなんとなく見ていたら、長野県のある村で、市田柿の木の剪定をしていた女のひとが、
「この辺はむかし水がなかったから、お風呂なんか4、5日に1回くらいしかつくらなかった。だからお風呂つくるとごちそうだっていって、みんなでよばれたもんよ。」
と言った。
あッと思った。

去年の冬、働いていた図書館で瞽女唄と昔話の会を企画した。
瞽女唄を披露してくれたのは、高校生で瞽女唄に魅せられてその道に入ったという、若くてきれいですごい実力の持ち主の月岡祐紀子さんという方で、昔話は、区内にお住まいの、越後のことばで昔話を語る語り部の中野ミツさんというおばあさんにお願いした。
何度かミツさんと打ち合わせなどするあいだに、ミツさんご自身も小さい頃、瞽女さんが村に来たというご記憶をお持ちだとわかり、そうした思い出話をひとつひとつ聞いていくうち、
「瞽女さんは村に来ると本家に泊まった。瞽女さんが来ると、本家から「おおーい、風呂よばれにこいやぁー」ってね、お呼びがかかってね。」
とおっしゃった。

ふろよばれにこいや?

そのとき私は、よくわからなくて、ミツさんに「風呂よばれにこいや」ってどういう意味?とばかみたいに聞いた。
ミツさんは質問の意味がわからなかったと思う。はっきりとした答えはないまま、気軽なおしゃべりの常として話はそのまま次に進んでいき、聞き方の下手な私はそれ以上うまくつっこんで聞くことができずに、なんとなく頭のすみに引っかかっていたのだった。

「風呂よばれにこいや」は、そのままほんとに「お風呂入りにおいで」だったのだ。
あたりまえか。
でも、瞽女さんが来た!という村の大イベントを前にして、なんで「風呂」推しなんだよ、とそこがぜんぜんわからなかったのだ。

ミツさんの故郷は新潟県南蒲原郡、今は三条市にふくまれている、山のなかの小さな村だそうだ。
テレビで見た長野県の村のように、そこが水の出ない土地柄だったかどうかはわからない。
でも、ミツさんの生まれた昭和の初め、お風呂に入ることはまだまだぜいたくな時代だったにちがいない。
お風呂をつくるのに必要な大量の水と薪は、当然ふだんは煮炊きに優先される。
井戸から水を運んで、つきっきりで火の番をするのも重労働だ。
せっかく瞽女さんが遠くから来たのだから、ゆっくり風呂につかって疲れをとってもらいたい。だからわざわざあたらしいお湯をつくる、ついでだから分家の衆もみんな呼ぶ。そういうことだったんだ。
あのテレビの女のひとのおかげで、懸案の「風呂よばれにこいやぁー」がやっと腑に落ちた。
ミツさんが質問の意味をわかりかねたのも当然だった。
こうなってみると、なんでわからなかったのかと呆れるほど自明に思えるが、じっさいのところ体感として知らないからだった。

イベントは盛況で、自分も瞽女さんを知っている、という人たちも何人も来た。
月岡さんは演奏されるだけでなく、瞽女の研究家でもあられるので、演目の間には月岡さんとミツさんの対談、というか、月岡さんが聞き手となってくださり、ミツさんの思い出話を聞く座談会のような時間もつくらせていただいた。
そのときのお客さんの目の輝きが忘れられない。

体がおぼえている人の、静かな興奮に圧倒された。
会をとおして、じぶん一人がじゃまをしているような気がした。
by titypusprout | 2013-04-08 19:43 | Comments(0)
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