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sproutおぼえがき

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ひと月ぶりの再会

5月7日 火曜日
晴れ 風がつよい 昨日より大幅に気温が下がるとのこと


GWが終わり、ひとびとは仕事にもどって行った。

休み中に、3月まで働いていた職場の同僚たちと久しぶりに会った。
じつは、会う日にちが決まったときからものすごく楽しみにしていて、冗談でなく指折り数えて待っていたくらい。
じっさい離職以降はじめて会う人もいたから、どんな顔をすりゃいいんだと緊張すらしていたというのに、いざ会ってみたらあまりに普通で、拍子抜けすることすら皆と別れてから思い出したくらいだ。

もっと話すべきことがいろいろあったんじゃないかという気持ちと、それでいいんじゃないの、という気持ちがまだらになっている。

とはいえ、話すべきことなんて、本当はそんなにはない。

仕事を辞めて、思いのほか一番こたえるのが、日々のたわいない雑談ができないことだったりする。
雑談というだけあって、電車でみたみょうちくりんな格好をした人のことや、観た映画や、読んだ本や、町なかのおかしな看板や、その他愚にもつかない、思いついては消えて行くような些末なことをべらべらしゃべっているだけだったが、だからといってその相手が誰でもいいわけはなくて、この人がいるがために「あッこれは○さんに話そう」と思ってためておく(あくまで話すまでおぼえていれば、の話)ことが無意識に行われているということがあるのだ。

そしてそれは、共有しあえる話題というのがもちろん一番にあるのだけれど、使う言葉や言い方や、言わないところのニュアンスまでもが、お互いに説明抜きでおもしろく伝わる、という遊びの楽しさもすごく重要だったのだな、と思う。
その「合う」感じは、日々の作業中のささいな相づちや、発した一言にこそよくあらわれるので、再現するのはすごくむずかしい。


思えば、仕事を始めてから、そういう人間関係には恵まれている。
最初に入ったK市の図書館では、並みいる年かさの司書たちが、年齢に似合わず古いことばかり知りたがる私を面白がって、さまざまなことを吹き込んでいった。
なので私は、大人に喜ばれて得意がる小癪な子どもさながらに、ありとあらゆることを彼らにぶつけ、何か話題をふるたびにその百倍くらいのお返しをもらって、それが今の私を作ったといっても過言ではない。
そこを辞めるとき、「ここにいる間は、何か見たり聞いたりするたびに、「次に出勤したらこれを○さんに話さねば」と思ってばかりいた。もうこの先そういう僥倖はいっさい訪れないと思う。」と断言したものだが、じっさい次の職場に行ったら、一見おとなしそうなのにものすごく過激で、変態のようにマニアックなFさんという人と友だちになったし、つい最近まで働いていたT図書館においては、その親玉のような人々がまたしてもいたのである。

彼らは年齢も趣味も性別も違うが、トータルで見て私のほうがだんぜん受ける恩恵が多いことが共通している。
ひとつ何かを言うと、押してはいけないスイッチを押したような量で返ってくる。
仕事を始めて16年経ち、すでに中年の域にさしかかっているにもかかわらず、その関係性がどうも変化しないのはいかがなものか。ちょっともらいすぎなんじゃないか。

とはいえ言い訳をするなら、出していると(あくまで「思いがけず」笑)返ってくるわけで、彼らがいるおかげで、わらしべ長者のような案配で自分の出しものが増えていくという、夢のようなシステムだ。

それは、持っているときは意識もしないくらい日常に組み込まれているシステムなので、なくなってはじめてびっくりした。とにかく、惜しい、のひとことだ。

だから、なんとなく、ブログなどを始めてしまったのかもしれないなあ。排出口として。
そしてそれは、今のところわりと機能しているように思うけれど、そして友人にはいつでも会うことができるのだけど、やっぱり何か物足りない。



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かわいすぎる猫の画像
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ターンが上手
by titypusprout | 2013-05-07 11:21 | Comments(0)
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