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sproutおぼえがき

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かうひい異名熟字一覧

5月30日 木曜日
細かい雨  気温低め



オットが来週白内障の手術を受けることになったので、術前にさす薬をもらいに代々木へいった。
あー、こわい。

そのあとひまだったので、近くにあるコーヒー専門店TOMというとても喫茶店らしい喫茶店に入った。
そして朝ごはんを食べていなかったのでホットサンドイッチとカフェオレを頼んで、手術あーこわい、とななめ上を見上げたら、壁に
「かうひい異名熟字一覧」
という一枚の表が貼ってあるのに気がついた。
日本の文献に出てくるコーヒーのさまざまな当て字や読み方を、年代順に表にしたもののようだった。版画。
作者は版画家の奥山儀八郎。昭和17年(1942年)製作で、奥山の松戸の住所らしきものも書いてある。

この表によると、コーヒーが最初に日本の文献に登場するのは、天明2年(1782)に出た『万国管窺』に出てくる「コッヒィ」とある。
ちなみに『万国管窺』は、蘭学者の志筑忠雄が書いた「大航海時代のいくつかの旅行記の日本語訳」(wiki情報)だそうだ。
そこから始まり、上野に最初の喫茶店「可否茶館」ができた1888年まで、コーヒーを表す表現のさまざまが、その初出の文献とともに表にされている。
例えば他には「コーピ」「骨喜」「香湯」「雁食豆」などなど。
漢字の音を当てているらしいのと、コーヒーの香りや豆の形状などの意味を表す漢字を当てている場合と両方ある。「骨喜」なんてのは音重視みたいだけど、「骨が喜ぶ」とはなんとなくわかる感じもしないでもない。
それから「豆の湯」なんてのもあって、これじゃあ銭湯みたいだ。鳩を描いた銭湯絵があるかわいい女湯を想像してしまった。

私たちがよく知っている、コーヒーの漢字とされている「珈琲」については、

蘭和対訳辞典 宇田川榕菴
現代の「珈琲」は榕菴の作字ならん

と注釈があった。
宇田川榕菴も蘭学者で、「珈琲」の文字は、彼が考案し蘭和対訳辞典の中でコーヒーの当て字として使ったうちの一つと言われているらしい。
年は表記されていなかったが、表の前後が1814〜1816年になっているので、そのあたりに作られたものと思われる。
でも榕菴はじつはコーヒーについての本も書いていて、その書名は『哥非乙説』という。「珈琲」でなく「哥非」という漢字を使っているのだった。
「珈琲」だけがどうしてこんなに出世したのか、漢字の宿命もアイドルのごとく浮き沈みあり、波瀾万丈なんだなあ。

1800年代も中頃を過ぎると、文献のタイトルから推察するに作者が実際に外国へ行った、もしくは外国文化を体験して書いたのだな、と思われるものが増えてくる。
そのなかで、1867年 渋沢栄一「航西日誌」に出てくる
「カッフへエー」
はだんぜんハイカラな匂いがする。

わたしは「コーピ」が気に入った。
ちょっとコーピのみませんか、などと今度言ってみたい。コーピ。

それから、『紅毛本草』(1743年)という本の項に注釈で「banはアラビア語で豆の意味なり」とあったので、なんで喫茶店には「ばん」って名前のお店が多いのかの謎もとけた。


これを作った奥山儀八郎という人は、1907年生まれの版画家で、ニッカウヰスキーやニッケという衣料品の会社、丸ビルの広告など、昭和初期のモダンな商業デザインを多く手がけた。
その他に名所図絵の現代版(昭和初期)のような浮世絵も多く制作している。
松戸に住んでいたので、松戸市のHPに経歴や作品がくわしく載っていた。

どうもこの人相当のコーヒー好きだったらしい。
そういや好きがこうじてひとりで勝手にこんなことを調べ上げて作品にしてしまうくらいだから、かなりのおたくにちがいない。

ネットでいろいろ検索していたら、トランプのKingみたいなモチーフのマッチラベルの画像が出てきて、あれ?なんか見覚えが…と思ったら、そのウェブサイトにもう閉店してしまった吉祥寺のもかという喫茶店の看板やマッチラベルが奥山儀八郎の作だったと書いてある。
井の頭公園の入り口の近くにあった、ものおじして結局入ることのなかったあの喫茶店だ。
今でこそ、カフェオレなどおいしく飲めるようになったけれど、当時は喫茶好きにあるまいことかコーヒーが全然だめで、もかに行くならぜったいコーヒーを頼まないと許されないような気がして結局入る勇気が出なかった。

そうかー、何年もたって、行きもしなかった喫茶店をこうやって思い出すことがあるなんて。

奥山氏は『珈琲遍歴』(1957年)という本も書いていて、その表紙もこの王様の絵で、箱付きの素敵な造本だ。
ちょっと古本価格を見たら、なかなかお高いことになっている。
たぶん古本好き(=コーヒー好き)のあいだではこれらのお話は周知の事実なんだろうなー、と思った。


けっこうのんびりしているあいだに界隈の会社はお昼休みに入ったらしく、気がつくと店内は昼食後に一杯の憩いを求めるサラリーマンでいっぱいになっていて、入ったときはおばさん一人だったお店のひとも、マスターとカウンターの中にいる若い男のひとの三人に増えていた。

常連のサラリーマンたちはじつに上手にオーダーをするのがうらやましい。
こんなときだけ、小さい会社でずっと定年まで働くサラリーマンになりたくなる。

四谷で長く働いていた叔父も、こうして行きつけのお店があったはずだが、そのお店の人は、叔父がいなくなったことをこれからもずっと知らないままだ。
何十年も毎日会って、名前も知らないままでいるのがあたりまえだというのだから、喫茶店というしごとはけっこうさびしいしごとかもしれない。

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完璧なTOMの店内


お店を出て、そのまま歩いてオペラシティで「梅佳代展」を見て帰った。
by titypusprout | 2013-05-30 21:09 | Comments(2)
Commented by caco_mama at 2013-05-30 23:33 x
コーヒー色んな漢字あったのねー
珈琲という漢字好きなのでこれで良い
見慣れてるだけか
あー飲みたい!!
Commented by titypusprout at 2013-05-31 07:51
caco_mamaちん
ねー、いくつかは知ってたけど、こんなにあるとは!
「珈琲」って書くとそれだけでにおいとか色とか頭に浮かんでくるよね。「コーヒー」よりだんぜん濃い感じ。
「かうひい異名熟字一覧」、ネットでみたらけっこういろんな純喫茶にある感じ。今まで気が付かなかったなあ。。。
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