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sproutおぼえがき

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岩波写真文庫

6月27日 木曜日
雨あがって晴れ 気温は昼から上がりはじめた


ちょっと前だが、月曜日に銀座に行った。
友人が歌舞伎の幕見をみるというので誘われて吉右衛門の「俊寛」。
そのあと友人を見送って、教文館で日曜からはじまっている岩波写真文庫の展覧会をみる。

『本づくりの熱気、再発見!〈岩波写真文庫〉とその時代』

岩波写真文庫は1950年から58年までの間に、全部で286冊出版された。1冊100円。
1年間に約35冊のペースだからけっこう多い。
「第○回配本」というかたちで一度に3、4冊出していたようだ。
テーマは「本の話」「南氷洋の捕鯨」「動物園のけもの」「アメリカ」「赤ちゃんー誕生日まで」「東京ー大都会の顔」「ソヴェト連邦」「伊豆の漁村」「家庭の電気」など、社会派から科学、風土記など多岐にわたる。
B6版で背のない、冊子のような形態で60〜80ページくらい。
写真は表紙も中身もすべて白黒、表紙の朱色の線だけが唯一のカラー部分で、一見してすぐにそれとわかる特徴的なデザインなので、古本屋さんなどでまとめて置かれているとついついラインナップをチェックしてしまう。

展示は見応えがあって、1冊1冊の解説や当時の雑誌記事などを全部読んでいると、あっという間に時間が過ぎた。
途中の部屋では刊行された写真文庫のほぼ全てが読み放題。興味あるものを次々読む。
どうやら編集部で保存されていたものを持ってきているらしく、あちこちに校正の赤が入っていたりしてそれもおもしろい。
途中で岩波のひとがやってきて、抜けてた号が古本屋で手に入ったからと数冊足していった。残りあと2冊とのこと。なんの号かはわからなかった。

岩波写真文庫は、再販時にけっこう写真を差し替えたりしていたことも、この展覧会で知った。
たとえば『東京案内』(68号)では、初版の「愛宕山放送所」の写真が再販時には「東京タワー」に、「ソ連代表部」の文言が「ソヴェト大使館」に、フランス大使館の写真も新築したものに変わっている。
当時の「今」を伝える写真集なのだから、そうかそうだよなーっと妙に感動した。
その変遷も、めまぐるしく変化する時代の記録なんだな。
こんど古本屋さんで見かけたら、奥付などもよく見てみよう。

私はこのシリーズのなかでは東京もの、社会派ルポ的なものが好きなので、ついそればかり見てしまうが、一連の東京シリーズを見ると、50年代初頭の東京の建物や人々の服装は、意外と戦前とそう変わらないのだな、と気が付く。
もちろん焼け跡のマーケットや、新しい百貨店などにモダンの息吹はあるのだが、戦災で焼けなかった洋風建築や、再建された個人商店や家などの様子、着物率の高さ、紳士の帽子、少女のセーラー服、丸の内のオフィスレディなど、知らずに1枚見せられたら戦前のものと思うかもしれない写真も多い。
なんとなくいつも戦前/戦後で物事をかんがえ、つい今あるものはすべて戦後にゼロからスタートしたような錯覚におちいるけれど、実際のところ45年の今日まで/明日からと、カレンダーをめくるようにそんな急になにもかも変わるわけはないのであった。かなりのものは戦前から継続してあったし、またかなりのものは50年代以降の高度成長期にはじまっている。

外堀の埋め立ては始まっており、日本橋の上の高速道路は影もかたちもない、大通りの脇はまだまだ焼け跡のまま、中心部でさえ住宅街は舗装もなくてのんびりしている。
町のすがたが激的に変わっていくのはもう少し先の話だ。

また、『ソヴェト連邦』(65)や『北京』(221)などを見ると、理想郷、前進する国家、輝かしき未来をはらんだ姿として描写されていて、時代を映しているなと思うし、とりわけ大規模な都市計画や建築物を賞賛しているところに「新しい」=「素晴らしい」だった時代の空気がよく伝わる。

日本においてもそれは同じで、四ッ谷の美しい外堀が埋められたのを嘆く一方、別の号では日本各地の、たびたび増水して被害をもたらす河川のコンクリート護岸工事をどんどん進めようという意見もみられる。
どの号だが忘れてしまって文言もうろおぼえだが、自然のままの美しい河川はノスタルジックでロマンチックな感慨を引き起こすが、それはひとたび災害が起きたときのことを頭から追いやっているからだ、中国などで大規模な河川工事などをしてめざましい成果をあげているのをみて、日本もそれを見習わないということがあろうか、という論旨だった。

共産主義への共感は、時代の空気としても、岩波の底に流れる精神としても理解できるものの、河川護岸工事などへの言及については「岩波がかつてこんなことを!」とびっくりしたが、「みんなで力を合わせて新しい国を!」「便利で快適な生活を!」からの「護岸工事」はたしかに流れとしてそうなるな…とわかる部分もあった。
それだけ「大雨」→「家財人命ぜんぶなくなる」が身近な脅威だったということでもあるし、全国にいくらでも自然の川が残っていた当時、今目の前にある危険な川をひとつ工事することに何のためらいがある、と、それがすべてなくなった今の状況は想像できなかったに違いない。
ましてや後にそれが必要性も吟味されず、いわば金のために行なわれることになることも、今となってはコンクリートで固めることが決して最善の方法でないということも。
皮肉なことに、工事のおかげで洪水はふだんすっかり忘れているくらい稀な災害になり、その引き換えにコンクリの味気ない川ばかり見ている現代の私たちだから、それを今読んでびっくりする。

この写真文庫は、写真1枚1枚がそれだけで十分おもしろいのだが、一番のおもしろさは、それらがある1冊の主張を持った本として、解説の文章とともにひとつにまとめられているというところだと思う。
そこに、今見ると、1950年代という時代(のある一部分)がくっきりとあらわれてくる。

文章はこの本の中でメインではないから、基本的には写真を補強し、解説するためにつけられる。
読んでいるとけっこう個人的意見みたいなのもあって、その自由さの範囲が今よりずっとおおらかなのがおもしろいところでもあるんだけど、やっぱりあくまで「解説」だから、基本的には「これはこうである」と世間大勢が同意するものと(筆者が)思って書いていると思っていいと思う。

だから、読んでいるとその時代の「正解」みたいなものがとてもよくわかる。
「正解」というと誤解を招きそうだけど、今よりもっと多様な言論があり、それぞれの出版社が主義主張を競い合っていた時代のひとつの意見だとしても、それが「この本を読むひと」=「社会の大きな部分」の代弁だという確信があって書かれているという意味で。

今だったら、中国や旧共産体制や、公共工事のよい面を伝えるとき、手放しではなかなか言わない。
いろいろ問題もあるけどこういう一面もあるんですよ、と気を使って褒める。
同じことを言うのでも、どういう前提で言うか、そういうところに時代の空気があらわれる。

それから世界の広さのこともある。
『アメリカ』(5)(『アメリカ人』(6)だったかもしれない)では、移民の項で、中国人移民が多くて社会に悪い影響を、とか、移民街ではメキシコ人が一番嫌われている、とか平気で書いているし、『忘れられた島』(66)という鹿児島の黒島・硫黄島・竹島(上三島)の暮らしについての本では、島の想像を絶する貧しさについて、ちょっと驚くような書き方をしている。
これらを読んで思うのは、現代から見ての人権意識とかそういうことじゃなくて、ああ、世界はこんなにも広くて、遠かったんだなあ、ってことだ。
メキシコ人は「メキシコ人」というひとつのかたまりでしかなく、日本国内でさえ、同じ時代を生きていて、生まれた場所でその生活はあまりにも違う。
世界はもはや行けないほど遠くではない、けれど自分とはぜんぜん関係のない、知らないことだらけの別世界だったのだ。
なにより、全国規模の出版社である岩波が、この本を上三島の人々が読む可能性をまったく想定していない感じなのがそれを物語っている。
もっとも、当時上三島に行く船は1週間か10日おきだったというから、その遠さといったらアメリカに行くのとそう変わらなかったのかもしれない。

そういう50年代そのままの眼がまとめて見られるのがすごく興味深い。
他にもじっくり読みたい号がたくさんあって、おもしろそうなのをいろいろメモしてきた。
古本屋さんで見つけたら買おうー。
赤瀬川源平、森まゆみ、川本三郎、田中長徳らがセレクトした復刻版も出ていて、新刊の本屋さんでも人気のやつは買えるものもある。



余談だけど、その日観た「俊寛」は、平清盛に謀反をはたらいたとして鬼界ヶ島に流された俊寛の悲劇なのだけど、その島というのが上三島のひとつ硫黄島らしい。
展覧会場で『忘れられた島』を読んでいたらそのことが書いてあって、偶然の符合におお!となった。
そして帰り際に放映されていた岩波の記録映画をのぞいたら、ちょうど先代の吉右衛門が映っていてまたもおおお!

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丸いシールの貼ってあるのが最近の復刻版、後ろの大きいのは80年代にでた復刻ワイド版。

by titypusprout | 2013-06-27 14:49 | Comments(0)
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