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sproutおぼえがき

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レオ・レオ二展とD坂文庫

8月2日 金曜日
雲多め あまり暑くない



8月2日……?いつのまに8月に…。

昨日、妹と甥と渋谷のレオ・レオ二展へ。
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会期修了間近ということもあり、たいへん混んでいた。


レオ・レオ二の原画を見るのは初めて。
絵本としての形態も好きだが、原画の発色、立体感は、触覚にうったえてくるものがあってとてもよかった。
「平行植物」群も見られて満足。思ったより大きい絵だった。

それにしても、どうやってこんなに完璧に美しい状態で保存していたんだろう。

レオ・レオ二の作品は、初期の頃のかげのある絵が好きだ。
きれいな色を使っていながら、どことなく暗い色調があって、こころがざわつく。
絵本でいうと、『せかいいちおおきなうち』『はまべにはいしがいっぱい』(←これは白黒)『ひとあしひとあし』など。

以前佐々木マキの展覧会を見たときにもそれは思ったのだった。
60年代に描き込んでいたかげが、70年代後半くらいから姿を消してフラットになり、色も明るさを増していく。
世界のあっちこっちで同時進行的におこった現象のようにも思われる。



レオ・レオ二が絵本にこめた気持ちは、
違っていても、弱くても、小さくてもいい。自分を好きでいること。人を認め合うこと。そのための強さとかしこさ、身軽さを持つこと。
一貫してそういう絵本を作り続けた。

谷川俊太郎の美しいことばで翻訳されたお話は、たとえば読み聞かせをするときなんかには、少々哲学的、教訓的にすぎると感じることもあった。
でもそれすらも、大人のうがった見方なんじゃないかと今は思う。

1939年、ユダヤ人のレオ・レオ二はファシストが政権を握ったイタリアからアメリカに亡命した。
その後の不寛容と暴力の時代に死んでいった、自分の子どもであってもおかしくない幾万の子どもたち、タッチの差で死んでいてもおかしくなかった自分自身。
運よく殺されないですんだレオ・レオ二は、グラフィックデザイナー、画家として活躍し、49歳に最初の絵本(『あおくんときいろちゃん』1959年)を発表してから死ぬまでの40年、自分の持つ技術やセンスをすべて絵本作りに注いだ。
彼が「子どものこころを持った絵本作家」かというとそうではないかもしれない。彼は、おとなが子どもとその子が生きる世界へ手渡しうる最高の贈り物として、これらの絵本を作ったのだった。


甥っ子(3歳)が一番気に入った絵本は『はまべにはいしがいっぱい』。
あいかわらず渋いセンスを持っておいでだ。
世の中には石を拾うためだけに全国とびまわっているおとながいる。いつか教えてあげたい。


帰りに、千駄木の往来堂書店に行って、D坂文庫みる。
買ったもの。
『生きていてもいいかしら日記』 北大路公子/著 PHP文芸文庫
『大東京繁昌記 山手編』 講談社文芸文庫

D坂文庫のカバーをつけてくれる。
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こうもり。


おなじくミロコマチコさんデザインのトートバッグ(黒)も買った。こちらはふくろう。
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往来堂書店はほんとうにすてきな本屋さんです。
私だって、数年前までは、歩いていける距離に住んでいたのに!
といまだにぎゃーっとなってしまう千駄木界隈なのであった。

往来堂書店のHP
by titypusprout | 2013-08-02 16:32 | Comments(0)
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