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sproutおぼえがき

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常子の選択

2016年6月17日 金曜日 晴れ 蒸し暑い


昨日職場の休憩のとき、同僚が、
「Hさんは、とと姉ちゃんみてる?」と聞いてきた。
私は見てないので、そう答えたら、
こないだの回がすごく泣けた、ということだった。

私はものぐさだから見てないけど、えー、なになに、どういうエピソード?ときょうみしんしんで聞いてみると、都合3回見て3回とも号泣したという彼女が、すごい再現力でぜんぶ教えてくれた。

たぶん見ているひとはピンと来るだろうけれど(というのは、それを聞いてたまわりの同僚たちが「あー、あの回でしょ?」とみんな寄ってきたから。けっこうみんな録画して見ているのですね…)、常子がけっこんを申し込まれて、でも自分には妹たちがいるから、わたしは家族を支えたいってあきらめたんだ、という回だった。

星野さんのプロポーズをことわって、帰ってきた常子は仏壇の前にすわっているの。
そこにおかあさんがきて、「つねこ?どうしたの?」って聞く。
そこではじめて常子は、自分がプロポーズを断ってしまったことをおかあさんにうちあけます。
わたし、妹たちを助けたい。
まだおかあさんや妹たちと居たいんです。
でも、自分で決めたことだけど、やっぱりとってもつらいんです…。
すると多江、じゃなかったおかあさん(おかあさんは木村多江)は、「そんなだいじなことを、お前はいっつも自分ひとりで決めてしまって…」といって、それから常子を抱いてくれる。
「こうやってれば、誰にも聞こえないよ」
それで常子は、おかあさんの胸の中でやっと泣くことができたんだよ(泣!!)


多江、たぶんこの役すごいうまい。おかあさんってあったかいな…。


…いやちがう!!
多江!!(←ちがう)、あんたはそれでいいのか。

常子の選択に正しいも間違ってるもない。常子の人生は常子が決める。
でもその選択は、もしかしていろんな周りのものに知らずそう思い込まされた結果かもしれない。設問のしかたが、そもそも間違っているのかも。
家族と星野さん、どっちを取る?どっちを取ったじぶんが好き?後悔する?しない?
たぶん(見てないから憶測だけど)、あとで人のせいにするような常子ではない。人のせいにしないじぶんが好き。自分だけのしあわせより、家族みんなのしあわせのほうをしあわせだと思えるじぶんでいたい。

で、当のおかあさんである。おかあさんはたぶん、そんな常子をふびんにも、申し訳なくも思っているんだよね。優しくてつよい、わたしの常子。
「そんなあなたを誇りに思うよ。」みたいなことを、今ここでおかあさんが言っちゃってどうする…。

「でも、たえがまずしなきゃいけないのはさ、常子の告白を聞いたとき、「あんたは正真正銘のバカだよ!」って一喝して、家から追い出すことだったんじゃないの?
そしてもどってくるかこないかは、常子の自由だけど、「こうやってれば、誰にも聞こえないよ」は、そんときでいいじゃん。」

と言ったら、ぜんぜん賛同を得られなかった。感動話ぶちこわしだ。


あと、星野さんはプロポーズを断った常子にこういったらしい。

断られることはなんとなくわかっていた。
だって僕が好きなのは、家族を大切にする常子さんだから、僕を選んだらそれは僕の好きな常子さんじゃない。。。




…常子、ツんでる!!
前言撤回。常子に選択権はない。


でも、見てたら私も泣いたんだろうなあ。わたし、すぐ泣くからね…。















by titypusprout | 2016-06-17 15:52 | Comments(2)
Commented by at 2016-06-20 16:11 x
こんにちは。
ああ~はらぷさんとと姉ちゃんご覧になってないの残念ですー。
私は毎日しっかり見てます(録画機能が壊れて久しいのでリアルタイムで見るしかない(^^;)。
そうそうこの回も泣きました。でも常子の選択に泣いたというよりみつきちゃんの演技に泣きました。
もうこの人すごい女優さんです。悲しみを凜とした静かさで押しとどめているというのかな。
表情みているだけで泣けました。ストーリーもいいですがなにより高畑充希の演技に説得力があって
見応えありますよー(^-^)
Commented by titypusprout at 2016-06-29 23:20
> 凜さん
凛さん、こんばんは!
そうなんですよー、見てないんです。見てないのに書いてる。。。
「みつきちゃん」をググったくらい見ていない!(笑)
高畑充希さんというのですね。意思の強そうな目が印象的な女優さんです。
静かな表情の奥に、何重にも折り重なる気持ちを隠している。演技をする人ってほんとうに「そのひとになる」ってことなんだなあ。
そして、その水の底の流れみたいな気持ちを読み取れてしまう人間というものの感性も、すごいなあと思います。

生身のにんげんが、悩んで悩んで下した決断に、正しいも間違ってるもあるわけなくて、私たちがそうであるように、先のことなんてわからないから、ひとりひとりもうただいっしょうけんめい生きるしかない。
でも、後の時代にドラマを作る人や見るわたしたちは、そこに少し俯瞰の目というものが加わって、常子の人生やその選択が、ほんとうはけっして常子だけのものではなくて、見えない社会の価値観や、お父さんの言葉の呪縛や、目の前にいる家族への愛憎、理性では説明できない気持ち、必要とされている自分、そういうものによって知らず選ばされているのかもしれないということに気が付くことができる。そうだったらいいな。
真に自由な選択なんてあるのかな。きっと今だってそんなの無理で、だけどそのなかでもがきながら選び取っていくしかないんだろうな、とかそういうことも考えました。
自分のことがいちばんわからないですよね…。

って、また長々書いてしまった。見てないのに!!!(笑)






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